大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所 昭和37年(ワ)671号 判決 1963年5月31日

原告 高柳久枝 外一名

被告 鋼材興業株式会社

主文

一、被告は原告高柳久枝に対して、金五百万円、同高柳武根に対して金参拾万円ならびにこれらに対する昭和参拾七年八月拾壱日以降完済まで年五分の金員の支払をせよ。

二、原告高柳武根の本訴請求中その余の部分を棄却する。

三、訴訟費用は、全部被告の負担とする。

四、この判決は、第一項および第三項にかぎり、原告高柳久枝において金五拾万円同高柳武根において金参万円の担保を供するときは、原告久枝の部分および同武根の勝訴の部分にかぎり、かりに執行することができる。

事実

原告両名訴訟代理人は、「被告は原告高柳久枝に対し、金五、〇〇〇、〇〇〇円、同高柳武根に対し金五〇〇、〇〇〇円およびこれらに対する昭和三七年八月一一日以降完済まで年五分の金員の支払をせよ。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一(一)  被告の被用者訴外中島輝光は、昭和三六年八月三〇日一七時三〇分頃、被告所有の自動三輪車(神六そ七、九〇一号)を無免許にて運転し、横浜市鶴見区小野町四一番地昭和鉄工株式会社正門より公道(市道)に出て左折した際、その運転を誤りその儘左斜めに突進した為、偶々同町四三番地東芝タービン寮前の前記公道の左端に立つていた原告高柳久枝に右自動車を衝突せしめ、因つて同女に対し、第八、九、一〇、一一胸椎骨折兼胸髄損傷による下半身完全横断麻痺の重傷を負わせた。

(二)  被被者原告久枝は、直ちに近くの福村医院に入院加療を受けたが、その後医療設備等の関係により、同年九月一八日以降東京都渋谷区代々木初台町五九四番地小坂外科医院に転入院し、同医院において患部の切開手術を受け昭和三七年一二月二五日退院の上目下自宅療養中であるが、同医院の医師小坂親知の診断によれば、原告久枝の症状は胸髄損傷による下半身完全横断麻痺であり、この回復は殆んど絶望的であつて、将来共に介助者を要すべく、この間運動障害に伴う栄養失調のため全身衰弱が加わり不幸の転帰をとることも予想されるとのことである。

(三)  しかして、右事故は前記自動三輪車の保有者である被告がその運行によつて原告久枝の身体を害したものであるから、自動車損害賠償保障法第三条本文、第四条、民法第七百九条、第七百十条、第七百十一条により、被告は原告両名に対してこれによつて生じた損害を賠償する責任がある。

二  本事故により原告等蒙つた損害については、その中昭和三六年八月三〇日以降昭和三七年一月二〇日までの治療費ならびに附添料金七三四、二四四円は被告において既に支払済であるので、これを控除したその余の損害賠償として原告両名は被告に対して次のとおり請求する。

(一)  医療費および附添料(合計金六、〇二三、五八〇円)

(既往の入院治療費および附添料)

(イ) 昭和三七年一月二一日以降同年一二月三一日までの小坂外科医院入院、治療費計金九二三、七〇〇円、附添料(小坂外科医院立替分をふくむ。)計金二九九、八八〇円以上合計金一、二二三、五八〇円。

(退院後の自宅療黒費)

(ロ) 訴外小坂親知医師の診断の結果と原告等の家庭の事情(原告等夫婦と原告武根の母ゆわ(満七三才)の三人家庭で、従来原告久枝が家事に従事し夫や母の面倒をみてきたものである。)とによれば、原告久枝の生存中は継続的治療と附添人の介添を要するから、自宅療養中の治療費一ヶ月最低平均金二〇、〇〇〇円、附添料一ヶ月最低平均金二〇、〇〇〇円計金四〇、〇〇〇円を要し、これを一ヶ年に計上すると合計金四八〇、〇〇〇円となる。しかして、原告久枝は事故当時満四二才で、一般に四二才の女子の平均余命は二八年であるから同人の蒙るべき損害は将来二〇年にわたり一ヶ年金四八〇、〇〇〇円の継続的治療費ならびに附添料の総額である金九、六〇〇、〇〇〇円となる。これを本訴において一時に請求するのであるから、年五分の中間利息を控除するホフマン式計算法により算出すれば昭和三八年一月一日現在において金四、八〇〇、〇〇〇円が一時に請求できる金額である。

(原告久枝の慰藉料)

(二)  原告久枝の本件事故により蒙つた肉体的苦痛ならびに今後一生半身不髄の身となり生き永らえなければならない精神的苦痛は計り知れない。これに対する慰藉料として金一、〇〇〇、〇〇〇円の支払を求める。

(原告武根の慰藉料)

(三)  原告高柳武根は、妻久枝の本件事故により精神上多大の苦痛を受けた。その損害として金五〇〇、〇〇〇円の支払を求める。

三  よつて、被告に対して、原告高柳久枝は前記(一)および(二)掲記の損害合計金七、〇二三、五八〇円の内金五、〇〇〇、〇〇〇円、同高柳武根は前記(三)掲記の慰藉料金五〇〇、〇〇〇円と、いずれもこれらに対する本件訴状送達の日の翌日たる昭和三七年八月一一日以降完済まで年五分の遅延損害金の支払を求めるため、この各請求をする。」

と陳述し、被告の主張を争い、

(立証省略)

被告訴訟代理人は、「原告両名の各請求を棄却する。訴訟費用は、原告両名の負担とする。」との判決を求め、答弁として、「原告両名主張の請求の原因中一の(一)事実(ただし、被害者原告久枝の負傷の部位程度をのぞく。)および一の(二)の事実中の右久枝が福村医院および小坂外科医院に各入院し治療を受けたことはいずれもこれを認めるが、その余は、二の冒頭掲記の被告が治療費および附添料を支払つた事実をのぞきすべてこれを争う。と述べ、なお、「(一)本件事故は、次にのべるごとく、本件自動車の保有者たる被告の事業執行につき惹起されたものではなくその事業執行終了後に生じた事故であつて、すなわち、被告による運行によつて生じたものではないから、被告は自動車損害賠償保障法上(および民法上)損害賠償の責任を負うべき筋合ではない。すなわち、(1)本件事故発生当時本件自動車を運転していた訴外中島輝光は被告の被傭者ではあるが運転手ではない。(2)事故当日本件自動車の運転を担当していた正規の運転手は訴外鈴木武であつた。(3)本件事故当日鈴木が本件自動車を運転し、これに鉄材を積載の上訴外昭和鉄工株式会社に赴く途中二、三の取引先にその鉄板の一部を届け、最後に残りの鉄板を右訴外会社に届けるべく同会社に赴きその正門を入り構内にその鉄板を下してこれを同会社に引き渡した。(4)右の間本件自動車の運転は正規の運転手の鈴木が全部これに当り、右最後の鉄板の引渡完了により当日の被告の本件自動車による業務の執行は終了し本件自動車運行の任務は完了したのである。(5)しかるに、当日本件自動車に同乗して行つた中島が右鉄板の引渡完了後、すなわち、本件自動車が空車になつてから、同車を右訴外会社の構内から構外公道へ出そうとして同車の運転手席に乗りこみ発車させて公道へ出た途端に本件事故を惹起したものである。(二)かりに然らずとするも、本件事故はこの様な重大な結果を生じるに相当な事故ではなく、すなわち、原告久枝の現在の身体障害は本件自動車事故に因り直接発生したものではなく、その間に相当因果関係がないから被告には損害賠償責任はない。(三)かりに、右両者の間に相当因果関係があつたとしても、被告は、被告所有の本件自動車には当時構造上の欠陥又は機能の障害もなく、被告の運行上の過失もなかつたのであるから、損害賠償額算定についてはこの点が斟酌されるべきである。」

と抗争し、

(立証省略)

理由

(本件自動車事故の発生とその結果)

一(一)「本件事故発生の事実(請求の原因一の(一)の事実)は、「原告久枝の受傷の部位程度」の点をのぞき、当事者間に争いがなく、「右除外部分。」は証人小坂親知の証言ならびにこれによりいずれもその成立の真正を認める甲第二号証および同第七号証を綜合してこれを肯認することができ、右認定を妨げるに足る証拠はない。

(二)  「本件事故発生直後被害者原告久枝が福村医院に入院治療を受けその後小坂外科医院に転入院、治療を受けた。」事実(請求の原因一の(二)のうちの事実。)も亦当事者間に争いがなく、「その間ならびに予後の病状(同一の(二)のうちのその余の事実。)。」は前顕各証拠によりこれを認めることができ、この認定を左右するに足る証拠もない。

(三)  以上判示事実によれば、特段の事由のないかぎり、被告は、本件自動車の保有者として、自動車損害賠償保障法第三条本文の定めるところにより、その運行により原告久枝に生じた身体障害の損害を賠償すべき責任がある。

そこで、被告の主張について案ずるに、その(一)については、かかる事実関係があつたとしても、これは自動車損害賠償保障法第三条本文に定める自己のために自動車を運行の用に供する者がこれをその運行に供した場合という範ちうの中に入るものと解されるから、この点についての被告の主張は採用するに由なく、又、その(二)については、本件事故と原告久枝の受傷と同人の現在の症状との間に相当因果関係がなく、又は、因果関係が中断されていることの具体的主張ならびにこれを裏付ける立証がなく、かえつて、すでに(一)および(二)に判示した事実に徴すれば一応かかる因果関係の存在を認めうるから、この点についての被告の主張も亦排斥を免れない。

(損害額)

二 よつて、進んで、原告久枝のこうむつた損害の数額について案ずるに、

(一)  医療費および附添料

「原告両名が請求の原因二の冒頭において主張する被告の治療費(この中には手術料がふくまれていると認められる。)および附添料支払の事実(原告両名の先行的自白事実。)」は、被告において明かに争わず、かつ、弁論の全趣旨によるも争つたものと認められないから、当事者間に争いないものとみなさるべく、

(既往の入院、治療費および附添料)

(イ)  前顕小坂証人の証言によりいずれもその成立の真正を認める甲第三号証の一ないし七、同第四号証の一ないし七、同第五号証の一ないし六および同第六号証と右証人の証言および原告高柳武根本人尋問の結果を綜合すれば、「昭和三七年一月二一日以降同年一二月二五日(退院の日)までの小坂外科医院の入院、治療費は計金九八七、七〇〇円で、同期間の附添料立替金が計金三一八、〇八〇円、以上合計金一、三〇五、七八〇円である。」ことが認められ、この認定を妨げる証拠はない。

(退院後の自宅療養費)

(ロ) 前顕甲第七号証、同小坂証人の証言および同原告武根本人尋問の結果を綜合し、右(イ)に認定した事実に徴すれば、「原告両名主張のごとき病状および事情により原告久枝は一生継続的治療と附添人の介添を必要とし、その自宅療養中の治療費は一ヶ月平均金二〇、〇〇〇円、附添料一ヶ月平均金二〇、〇〇〇円、合計月額金四〇、〇〇〇円を要する。」事実を肯認することができ、この認定を左右するに足る証左はないから、これを年額に計上すると金四八〇、〇〇〇円となるところ、「原告久枝が本件事故当時年令満四二年二月であつた。」ことは成立に争のない甲第一号証、前顕同第二号証および同第七号証によりこれを認めうべく(反証はない。)、「原告久枝が、十分の治療と看護を受ければ、特別の事情のない限り、原告両名主張のようになお二〇年の余命を有するであろう。」ことは、現在の一般的智識と経験則上および厚生大臣官房統計調査部作成第一〇回生命表により四二才の女子の平均余命が三二・五年であることにより必ずしもこれを否定しえないから、同原告のこうむるべき前記損害は今後二〇年に亘ることが予想さるべく、これを計算すると合計金九、六〇〇、〇〇〇円となる。そして、原告久枝はこれを本訴において一時に請求するのであるから、右総額を年五分の民事法定利率による中間利息を控除するホフマン式計算法により算出すると昭和三八年一月一日現在において金四八〇〇、〇〇〇円となる。

(原告久枝の慰藉料)

(二) 原告久枝が本件事故に因る受傷の結果こうむつた肉体的、精神的苦痛の甚大なることは察するに余りあり、これが慰藉のためには、本件にあらわれた諸般の事情を勘案して、被告は同原告に対して金一、〇〇〇、〇〇〇円を支払うべき義務があると解するを相当とする。

(原告武根の慰藉料)

(三) 原告武根が、本件事故に因る妻久枝の受傷の結果、夫として精神的に重大な打撃をうけたことは十分に察せられ、右受傷は生命を害せられた場合に比肩すべきものであるから、原告武根は独立に自己に対する慰藉料を訴求しうべく、その数額は、本件にあらわれた諸事情を考案して金三〇〇、〇〇〇円を相当とする。

(四) 被告はその主張の(三)において過失相殺の主張をするが、本件にあらわれた全立証による未だ被害者たる原告久枝に過失のあつたことを認めることができないから、この主張は採用するに由がない。

(五) 以上のとおりであるから、原告久枝の被告に対して訴求しうる損害の数額は総計金七、一〇五、七八〇円となるべく、原告武根のそれは金三〇〇、〇〇〇円であるから被告は同原告両名に対してそれぞれの右損害の賠償をなすべき責任がある。

三 よつて、右判示の範囲内にある原告高柳久枝の本訴請求はこれを正当として認容し、原告高柳武根の本訴請求は右限度内で正当として認容し、その余は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、第九十二条但書、第九十三条第一項本文を、仮執行の宣言について同法第百九十六条第一項、第三項を、それぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 若尾元)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例